かつての戦車競技場で、ビザンチン時代の市民生活の中心だった古代の大競技場(ヒポドロム)は、ブルー・モスク正面の広場にあって、現在ここは スルタンアフメット地区 と呼ばれています。装飾を凝らしたモニュメントのうち、 テオドシウス1世のオベリスク、青銅製の蛇の円柱、コンスタンチヌス大帝の円柱 の3つだけが今も残っています。
この3つのモニュメントの南西側には、大競技場の壁の湾曲した部分の遺跡が見られます。今日この一角は、イスタンブールの歴史的、文化的、観光的活動の中心地となっています。周囲にある木造の家屋、中でも ソウークチェシュメ通り にある18世紀の家屋に注目してください。美しく修復された建物は、あるものはプチ・ホテルとして、またあるものはイスタンブールに関する本を集めた魅力的な図書館として新たに生き返りました。
トプカプ宮殿の入り口の所にある アフメット3世の泉 は、1729年に造られました。深く張り出した庇の下に湧き出している水は、ここに立ち止まった人々の乾いた喉を潤したものでした。この見事な装飾が施された泉は、後期のオスマン様式の優れた作品です。
1828年、マフムット2世は ベヤズット塔 (高さ85メートル)を、火の見櫓として建てました。現在では、イスタンブール大学構内に立っています。かつて侵攻不可能の城壁といわれた イスタンブールの城壁 (テオドシウス城壁)は、マルマラ海から金角湾まで7キロに渡って伸びています。今までに何度も修復された城壁はテオドシウス2世が統治していた5世紀のものといわれ、ユネスコでは、城壁と城壁が囲む地域を世界文化遺産に指定することを宣言しました。
1348年にジェノヴァ人が建てた ガラタ塔 は高さ62メートルで、金角湾上にそびえています。頂上からは、金角湾とボスポラス海峡の素晴らしい景色が眺められます。夜には、観光客たちは最上階にあるレストランやナイトクラブ、バーで楽しいひとときを過ごすことができます。
ルメリ・ヒサール はヨーロッパ側にある要塞で、征服王メフメットが1452年、イスタンブール侵攻に先立ってわずか4カ月で造りあげたものです。世界の軍事建築物の中でも最も美しいものの一つです。城内には野外博物館円形劇場があり、イスタンブール音楽祭の会場のひとつとなります。(水曜休館)
乙女の塔として知られる クズ・クレシ はイスタンブールの最もロマンティックなシンボルの一つです。初めは12世紀にイスタンブール港の入り口にある小さな島に造られましたが、現在の建物は18世紀に建て直されたものです。