遠くからでは、マルディンの金色の石でできた家は町が建っている丘の岩山と溶けあっているように見えますが、近づいて家々や公共の建物の石彫や装飾を見てみると、この町が建築物の宝庫であることがよくわかります。要塞は975~976年にハムダンが作ったもので、幅30~150m、東から西へ1kmにわたって伸びています。ウルモスクはアルトゥク朝の支配者、クトゥベッディン・ウルガズによって1186年に建立されたマルディン最古のモスクです。カスムパシャ神学校(15世紀)の建物の石造りも見事です。美しいイサー・ベイ神学校(14世紀)では壮麗な彫刻を施した正面玄関を眺めたら、屋上に上ってメソポタミア平原の雄大な眺めをお楽しみください。
マルディンから東へほんの7km先には、かつて隆盛を誇ったデイルルザファラン・シリア・ヤコブ派修道院があります。近郊のクズルテペでは、アルトゥク朝建築を代表する13世紀のウルモスクが素晴らしい彫刻を施したミフラブ(壁龕)と美しい正門を見せてくれます。
“テルキャーリ”と呼ばれる銀細工で有名なミドヤットには、優雅で歴史のある家々が数多く並んでいます。町の18km東には、5世紀初頭に建立され、今も活発に活動しているデイルルウムール(聖ガブリエル)シリア・ヤコブ派修道院があります。
バトマンはトルコで最も重要な産油拠点で、この貴重な燃料を汲み上げる油井が周辺地域に点在しています。バトマンの北には、1147年に作られたマラバディ橋がバトマン川に架かっており、穏やかな川面が幅広いアーチ型の橋を当時のままに映し出しています。橋の安全を守っているのは2つの監視塔です。
ハサンケイフには12世紀のアルトゥク朝の首都の遺跡があります。かつてディジュレ(チグリス)川をまたいで町の2つの部分と要塞の内側の今は廃墟となっている城跡をつないでいた橋は、滅びた王国の亡霊を呼び覚ますようです。ターコイズ色のタイルで美しく飾られた15世紀のゼイネル・ベイ霊廟は、ペルシャの影響を残しています。
スィールトはディヤルバクルの北東192kmに位置し、アッバース朝のカリフ時代には特に重要な町でした。この町の遺跡の中でも、12世紀のセルジュク朝のウルモスクと13世紀のアサーキル・チャルシュモスクには、ぜひ訪れてみてください。スィールトからわずか7kmのアイドゥンラル(ティロ)では、18世紀のイブラヒム・ハック霊廟総合施設とその近くの私立イブラヒム・ハック天文学博物館も一見の価値があります。イブラヒム・ハックはシェイヒ・イスマイル・ファキルッラーのもとで科学を学んで40冊を超える著作を残した人物で、代表作にイラーヒナーメとマーリフェットナーメがあります。スィールトは大粒で美味しいピスタチオや、良質の山羊の毛のブランケットとキリムの産地としても有名です。
スィールトのバイカン郡には、ヴェイセル・カラーニの霊廟があります。ヴェイセル・カラーニは預言者ムハンマドの親友で、657年に戦死しました。霊廟はスィールトから北へ38km、バイカンから南西に8km、スィールト―ディヤルバクル―ビトリスを結ぶ高速道路が交差する地点にあります。ヴェイセル・カラーニの慰霊祭は毎年5月16~17日に開催されています。
シュルナックはジュディ山(標高2,114m)の北斜面にあり、ノアの箱舟がこの山に降り立ったというムスリムの信仰からその名が付けられました。シュルは町、ナックはノアを意味します。シュルナックから45kmのジズレに彼の墓があると言われています。