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歴史

伝統競技

クルクプナル(オイルレスリング)

“オイル・レスリング”はトルコの国技であり、毎年7 月にエディルネ郊外のクルクプナールでレスリング・チャンピオンシップが開かれます。競技を難しくするため、レスラーが体にオイルを塗ります。 第641回を数える伝統的クルクプナル・レスリングの誕生に関しては、様々な説があります。その中でも最も一般的な説は以下の通りです。

1346年オルハン・ガーズィのルメーリ(ヨーロッパ)遠征の途中のことです。
カルデシュ・スレイマン・パシャが40名の兵士と共にビザンツ領ドムズヒサル城を制圧後、現在のギリシャ領サモナ(Samona)で休息を取りました。そこで40名の勇者たちはレスリングを取り始めました。数時間の後のことです。アリとセリムと伝えられる二人兄弟はどうしても決着がつきませんでした。その後、エディルネ近郊のアヒキョイでこの2人組みは再びレスリングを取りました。丸一日、闘ったにも関わらず決着がつかない2人のレスラーは、夜中じゅうも蝋燭や灯りを利用して闘いを続けました。 そして、最後には息が途絶え、その場で力尽きてしまったのです。

戦友たちは、彼らを傍らにあったイチジクの木の袂に埋葬し、別れを告げました。
数年後、同じ場所を訪れたときのことです。2人のレスラーの墓のあった場所から豊かな泉が湧いていました。その後、人々はそこに眠る勇者たちを偲び、その土地を「クルクプナル」と呼びました。 1946年以来、伝統的クルクプナルレスリングは、エディルネ市主催で開催されています。

ジリット

命知らずの馬術を競う「槍投げ競技」で、相手チームの騎手に向かって木製の槍を投げて得点を競うもので、主にトルコ東部で行われています。アナトリアでは50~60年前まではとてもポピュラーでしたが、現在ではカルス~エルズルム、そしてエーゲ海地方において、その伝統が残っています。馬を育てることに長けていたトルコ人にあった風習が、やがて娯楽、スポーツへと変わっていきました。馬上あるいは、徒歩でも行なわれたと言われています。道具も槍から現在は棒として使われています。男性の競技として行なわれるこのスポーツは、結婚式、重要な日、あるいは縁日などでも見ることができます。

キャメルレスリング

トルコで伝統的に行なわれている駱駝レスリング(デヴェ・ギュレシュレリ)は、今から2世紀前にアイドゥン県インジルリオヴァ市へ属するフドゥルベイリ村で始まったと言われています。

現在では、アイドゥン県で主に見ることができる駱駝レスリングは、エーゲ海地方の(イズミール、マニサ、ムーラ、デニズリ)県や市、村などで行なわれています。マルマラ海地方(バルクケシル、チャナッカレ)、地中海地方(ブルドゥル、ウスパルタ、アンタルヤ)及びその他の県などでも開催されています。

エーゲ海沿岸地域のイズミール県セルチュクでは、12~1 月にラクダ同士を戦わせる競技があります。天候が悪くて見逃したとしても、春には多くの小さな街でも行われるので見ることができます。

ボーア・ギュレシュレリ(カフカソル)

アルトゥヴィン県(Artvin)で行なわれるカフカソルことボーア・ギュレシュレリ(闘牛)。
世界で同じものをみることができない、息を呑む光景に出会えます。

その他のフェスティバル、催し物なども必見の県です。
毎年、6月第3週目の期間中に伝統的に開催されるフェスティバルの目玉となるのがこのボーア・ギュレシュレリです。アルトゥヴィン県各地から集められる闘牛は、体格と重さにより階級分けされ対決します。

カラクジャック・レスリング(オイルをつけないレスリング)や民俗舞踊も行なわれるこのフェルティバルは、近隣の町や村から集まる国民詩人の即興詩にも注目が集まります。